2.ケース10.ワシントン州ロングビュー,1949年7月3日
私は意識的に昔のUFO事例を引用している.極めて現実的で,科学的にも意味のある現象が,ずっと前から続いていることを示すためである.
次の事例については,私も公式の調査資料のコピーをもっている.それによれば,航空ショーの最中に起きたこの事件は,モールトン・B.テイラーが報告したもので,150人ほどが目撃している.
私はテイラーにインタビューした.そして彼の元上官であるD.S.ファーニー提督からも話を聞いたが,テイラーは事件以前に,海軍誘導ミサイル担当として提督のもとで任務に就いていたことがあり,信頼できる人物として高く評価している,と語った.
航空技師であるテイラーは,ロングビューの空港責任者であり,事件が起きた1949年7月3日の午後に開催された航空ショー担当者だった.
ステアマン機は午前10時40分に高度10,000フィートで“Air Show Today”という文字を描いていた.すでに空港に集まっていた多くの観客たちが注目していたそのときに,最初の未確認物体が上空を飛行したのである.北西から出現したその物体に気づいた人から教えられたテイラーは拡声器を手に取り,近くにいる人たちに上空を飛行する奇妙な物体を見るようアナウンスした.双眼鏡を持っている人もたくさんいた.そこに居合わせた150人以上のなかには,警官や市の役人,多くの有力なロングビュー市民も含まれていた,とテイラーは強調した.
その物体は多くのベテランパイロットにも目撃されており,公式ファイルの要約によれば,文字通りの円盤の形状だったと全員が認めたということである.金属的な光沢があり,周期的に揺れているように見えた.そして北西から南東に向かって飛行し,最後は工場の煙で見えなくなった.
テイラーによれば,その動きはコマのようなものというより,揺れるボートか舞い落ちる木の葉のようだったという.彼の推定では,その角サイズは,腕を伸ばした位置のピンヘッドか,30,000フィート上空のDC-3程度である.これは月の直径の1/3にあたる10分程度である.
最初の物体が見えなくなっても,群衆の視線はそのままだった.そして9分ほど経過して誰かが2番目の物体を見つけると,すぐに拡声器でアナウンスされた.さらに11時25分に3番目の物体が現れたが,これも群衆が注視した.2番目の物体は北から,3番目はほぼ真西から出現した.3番目の物体のときに,揺れの頻度を数えようと考えた人がいた(すべての物体で同様の揺れが見られた.揺れて傾くと太陽の光を反射するので,揺れていることがはっきりわかったとテイラーは説明した).
揺れの頻度は1分間に48回だった.公式報告には,同日同地域における他の目撃情報や,推定高度や色などについて,ばらつきのある目撃者のコメントが含まれている.スペースの制約からそのすべてを詳述できない.テイラーが公式の調査員に述べた内容は以下のとおりである.
「戦争中NAMU(海軍航空機改修隊)で無線操縦の無人機や海軍の誘導ミサイルを担当し,20年以上航空機を研究してきましたが,目撃された物体が何なのか説明できません.あれは絶対に気球ではなかったし,鳥,通常の航空機,パラシュート,星,流星,紙片,雲,その他一般的な物体ではありませんでした.物体は,直線あるいは曲線的な動きを示しました.どれもほぼ同じ高度でしたが,スケッチに示したように異なったコースを通過しました.揺れははっきりと目でわかりましたので3度目のときにその揺れの頻度を測りました」
考察
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