4.目視観測に対するコンドン報告の説明
コンドン報告は,その126ページで,問題の発光体を恒星カペラの回折像で説明している.
「そのような目に見える像を作り出した光源として最も可能性が強いのは,恒星カペラ(0.2等級)である.カペラは,2400に地平線から8°,方位角37°の地点にあった.羽田空軍基地の目撃者が報告している異常に回折された像が,どのような光学的伝播機構によって生じたのかは,推測の域を出ない」
報告書は,おそらく“湿気を十分に含んだ層があり[推測],その最上部で急激な気温逆転が生じ,逆転部分のすぐ下に霧またはもやが発生した”のではないかとし,続いて次のように述べている.
「観察された回折パターンは,次のいずれかの原因で生じたものと考えられる.つまり(1)光が逆転層の最上部またはその近くを伝播する際に干渉効果が生じたか,(2)ミナート(1954)が述べているように,規則的な間隔で並んだ直径約0.2mmの水滴がもやを形成し,それが暗い外環を伴うコロナを作り出したかである.どちらにしても,これは非常にまれな現象であるに違いない.像の明るさは,逆転層を通して見た場合の“ラマン増光”が部分的に関係しているのかもしれない」
コンドン報告はこの事例の最後の段落で,物体が肉眼に見えた“最も蓋然性が高い原因”は“明るい光源に対する光学的効果”である,と結論している.ここで示されている説明のいくつかの具体的な部分には,非常に重大な問題点がある.また,一目で曖昧なことがわかる部分もたくさんある.
第一に,気象光学関係のどのような文献を調べてみても,回折で生じたコロナ周囲に,その3倍から4倍の直径をもつ暗い環が現れるという現象は報告されていない.コロナ周囲の光の強さのパターンは,中心から外側に向かって減衰振動的に変化する.ほぼ等間隔で,明るさゼロの部分(以下,ミニマムと言う)が現れる(単純な単色発光体の場合).羽田の管制官が詳しく記述しているような,光がまったくない大きな環が現れるわけではない.コンドン報告の説明には,明らかにコロナの性質についての理解が欠けている.
第二に,コロナができるには,水滴が“規則的な間隔で並んで”いる必要はない.ミナートの著書にも,それが必要だという主張はなされていない.これも,気象光学に対する無知の現れである.それに雲の内部で規則正しく水滴が並ぶことはない.この部分では,ミナートと雲の物理学が両方とも誤解されている.
第三に,一見してわかる通り,コンドン報告の水滴の直径0.2mm(=200ミクロン)というのは,最初のミニマムが3mrad(度数にして10分)でなければならないという前提に合わせて逆計算したものである.3mradという値が必要なのは,それが波長0.5ミクロン(可視光線)の場合のエクスナーの式を満足する値だからである.エクスナーの式というのは,周知の通り,古典的なコロナパターンにおいて,そのミニマムの位置を求める方程式である.しかし,ここでもコロナ光学に関する誤解がある.なぜならば,最初のミニマムというのは,羽田の2名の管制官が述べ,またスケッチしているような,暗く幅広い環状部分の外縁を表わすのではなく,内側の,高度な明るさをもつ回折された光の帯の外縁を表わすものだからである.
第四に,コンドン報告の計算結果からは,200ミクロンという直径をもつ水滴が得られるのだが,これは霧雨もしくは雨を降らせる雲での水滴の大きさであり,報告にある薄い千切れ雲,満月の光を少しも減じることがない雲には決して見られるはずがない.つまり,仮定した逆転層の下に生じた“霧やもや”が,そのような大きな水滴に成長することは,気象学的に不可能である.仮に千切れ雲が目撃者と発光体の間をさえぎっていたとしても,その夜の羽田周辺の気象状態から考えて,最大10〜20ミクロン程度の水滴しか生じなかったはずである.そしてその場合には,コロナの大きさは,コンドン報告がエクスナーの式で採用している3mradなどというものではなく,その10倍から20倍の大きさだったはずである.もちろん,その夜目撃された発光体の大きさからはほど遠い.
第五に,“光が逆転層の最上部またはその近くを伝播する際に生じた干渉効果”または“ラマン増光”が生じたという主張がある.この主張は,コンドン報告の他の事例に対する光学的説明にも見られる,重大な誤りを含んでいる.この主張に従えば,羽田での目撃当時,北東の地平線上8°の高さ(この値の正しさは私も認める)にあったカペラの光がラマン増光を起こしたことになる.しかし,そのような干渉効果が現れるためには,光が,ほとんどかすめるほどの角度,つまり,1°の何分の1という小さな入射角で逆転層に入ることが絶対に必要な条件である.高度8°にあるカペラを地上の人間が見て,ラマン増光を観察するようなことはありえない.角度が1桁も2桁も大きすぎる.コンドン報告の説明には干渉現象に対する誤解がある他,もう一つの問題点が含まれている.それは目撃者の目の位置である.目撃者の目の位置は,屈折率不連続面かそのすぐ下でなければならず,そのためには目撃者が空中高く,仮定の逆転層付近にいなければならないことになる.しかし羽田の観測はすべて地上から行われたものである.ラマン増光が否定された場合,カペラ仮説にはもう一つの重大な問題点が生じる.それはカペラの明るさである.カペラの光度0.2は,木星の光度-2.0にはるかに及ばない.しかし,羽田の目撃者は,物体の明るさを木星の明るさと比べ,物体のほうが明るかったと証言しているのである.
第六に,コンドン報告は,物体が立川空軍基地からも目撃されたことを述べているが,目撃地点からの視線の方向(発光体は立川から見たとき,東京湾上にあったと記述されている)が,カペラから45°も離れていたことを述べていない.カペラ仮説を羽田と立川の両方にあてはめるためには,これは致命的な欠陥である.木星は立川から真東にあり,“東京湾上”にはなかった.しかも木星は,それ以前何日にもわたって東の空から昇っていたのであるから,その夜にかぎって立川が違った反応を示すはずがない.逆に羽田と立川からの視線の交点を求めると,その交点は,湾の北半分のどこかになる.白井GCIが最初のレーダー反応を得たのもその地域であるし,その後のレーダー観測も,主としてその地域に限られていた.
第七に,コンドン報告の説明は,ブルーブックに述べられている発光体の運動と消失には触れていない.すでに述べたいくつかの理由によって,物体が視線方向だけでなく,横方向や上方向の運動も示したことは明らかだと思われるが,回折やラマン効果ではそれを説明できない.
第八に,7倍の双眼鏡で見た物体の形,特に幅広い暗い環状部分の下縁に沿って見えた4個の小さな光は,コンドン報告の考え方では説明できない.
第九にコンドン報告は,羽田と立川からは光が見えたものの,白井GCI基地からは見えなかった点を強調している.白井GCIのレーダーは,南から南南東の方向に1個以上の目標を捕捉したが,基地の兵士が外へ出てその方向を見ても何も見えなかった,というのである.これは正しい.しかし,我々の身辺にも,非常に強い方向性をもった光を出す装置がたくさんある.したがって,白井から光が見えなかったという事実は,羽田で目撃された光がカペラであったとする仮説をそれほど強めるものではない.F-94が目標に接近したとき,機上レーダーには反応があったのに目視できなかった,という事実についても同じことがいえる.
私は,コンドン報告が羽田事件の目撃例を“説明”するために採用している考え方を,ほぼ全面的に否定せざるをえない.羽田事件ばかりでなく,その他の多くの事件についても同じである.ブルーブックよりも質の高い考察が行われていると期待されたのであるが,実際にコンドン報告に盛り込まれている内容は,22年間にわたる空軍のUFO事例の考察と少しも変わらないほど偏向しており,誤った根拠の上に構築されている.これは私の主張を裏づけるほんの一例にすぎない.例はまだ多い.
マクドナルド博士のUFO研究――羽田空軍基地UFO事例
Case 3. Haneda Air Force Base, Japan, August 5-6, 1952.
in "SCIENCE IN DEFAULT:
22 YEARS OF INADEQUATE UFO INVESTIGATIONS"
James E. McDonald, Institute of Atmospheric Physics, University of Arizona, Tucson
(Material presented at the Symposium on UFOs, 134th Meeting, AAAS, Boston, Dec, 27, 1969)
|