空飛ぶ円盤──結局は自然現象か

スパイ説 米空軍では否定

朝日新聞1952.08.07 ニューヨーク篠原特派員五日発


 今から約五年前に世界の話題になった例の「空飛ぶ円盤」なるものが、今度は突如としてワシントンの上空に現われまた大きな話題として目下米国の夏の夕をにぎわしている。こんどの話が大きく取り上げられたのは「空飛ぶ円盤」がワシントンの上空に現れるや米空軍の新鋭ジェット機二台が直ちに「円盤」めがけて飛び立つやら電波探知機を動員してその正体をつかむのに躍起となったからである。しかも空軍当局がジェット戦闘機をしていち早く追跡せしめたのは、ソ連の放った秘密兵器ではないかという疑いからだとまことしやかに説くものも現れたりして話題をいやが上にも大きくしているようであるが、ともかくいまでもこの正体をつきとめるべくいろいろな角度から関係筋の研究が進められ、ニューヨーク・タイムスをはじめほとんどすべての新聞や科学雑誌はもちろん、一般雑誌にいたるまでこの話題に大きな紙面をさくという状態でありニューヨークの物好きな連中のなかには写真機までもち出して「空飛ぶ円盤」をキャッチしようと待ちかまえているものもあるというほどである。
「空飛ぶ円盤」の話しが初めて出たのは一九四七年のやはり夏のことであった。ニューヨーク・タイムス紙によると当時チネス・アーノルドという人がワシントンの近くで九つの不思議な「物」が二十三マイルの彼方を一時間千二百マイルの速度で走っているのを見たというのが初めてで、これが円盤のように見えたことから「空飛ぶ円盤」という言葉が使われだしたといわれる。当時も月の世界から送られてきたものだとか、ソ連が陰謀をはかって何か怪しげなものをワシントンの上空に飛ばしたとかいろいろな説が流れとんだが、今度の場合もワシントンの上空に現れたというのが話の発端で、その後米国各地の上空に現われたというニュースが米空軍当局に次々と集まってきているといわれ、最近では朝鮮の上空や東京の上空はおろか欧州の各地にも現われていると伝えられ、今や「空飛ぶ円盤」は世界を通行しているようである。
 一体この「円盤」の正体は何であろうか?ジェット機による追跡の結果は「何も発見し得ず」という報告であった。またレーダー・スクリーンにもこれとおぼしきものは別に写らなかったという。
米空軍や海軍の物理学者達は一九四七年以来この問題について研究を続けてきているが、今度の「円盤」もこの前のものと別に変わったものではないという発表を行っている。しかしその正体が何であるかについてはまだ完全な解答を与えていないようである。
 ニューヨーク・タイムス紙による一九四七年以来千件に上る報告の検討が当局によって行われ、そのうち八〇%は自然現象の変化を誤って「円盤」だと解釈したことが明らかにされている。あとの二〇%についてはまだ解釈がついておらず「空のなぞ」になっているという。しかし米空軍当局では「米国をスパイするために送られてきたソ連の飛行機ではない」ことを生命してソ連の陰謀を恐れている一部の人々に安心感を与えていることは「円盤」の生んだ笑えない事実である。
 それはともかく専門家たちがいろいろな角度から報告を検討した結果得られた「空飛ぶ円盤」の正体についての解釈は大体次のようなものである。

一、気象観測用の気球をそれと知らず「空飛ぶ円盤」だと誤り伝えたもの多いこと。夜の気象観測に明りをつけた気球が用いられるし時には歌舞伎座の建物がそっくり入るくらいの大きなプラスチックで作った気球なども用いられる。それが空気の濃い、薄いなどで怪しげな光を反射することもありこれを間違って報告してくるものが多いこと。
一、レーダー・スクリーンに現象が映るからといってそれが必ずしも「円盤」の正体であるかどうかは不明であること。例えばワシントンで実験されたときは飛行機映像が、気球の映像か、または雲か鳥の一群かの区別ができなかったといわれている。
一、いわゆるしんきろうなる自然現象があるが夜空の一部に光を発見したものがこれを「円盤」だと早合点している場合が多い。空気の層の濃淡によって遠い都会の電光が空中に浮かび上ることはよくあるが、夏の時期にワシントンやニュージャージー州上空で「円盤」を見たという人の多いのは大部分がこの種のものとみられる。

 どうやら今のところ「空の円盤」なるものは「ソ連からの回しもの」でもなく、別世界例えば仮性からの偵察でもなく、自然の気象的変化によって起こった現象に過ぎないというのが結論のようである。米空軍のレメー少将は長い間の研究の結果、「空飛ぶ円盤」などは存在しないと断言している。原子爆弾の結果宇宙に変化が起るかもしれないという考え方や、米ソ関係が緊張していることや、火星との交流が可能ではなかなどと人間の知恵はいろんな方向に向かって絶えず注意を怠っていないが、今度の「円盤」をめぐる話題もその人その人の持っている知識や教養などによっていろいろと解釈され、ニューヨークでは夏の夕べにふさわしい話題として多くの人たちから科学のうんちくが傾けられているのである。

 

ワシントンUFO事件を報じる新聞記事…朝日新聞1952年8月7日

 ワシントンUFO事件については、当時空軍のUFO調査プロジェクトを指揮していたルッペルト大尉の未確認飛行物体に関する報告が詳しい。またレーダー捕捉UFO事例の研究では、ワシントンUFO事件で観測されたレーダー上の機動を詳細に分析している。


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